tsubuteをつくった話

梨(@2_4kbd)と申します。 sekiei38 に続いて2つ目のオリジナルのキーボードを設計したので紹介します。

tsubute とは

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  • 38キー・一体型
  • 指の長さに合わせた変則格子配列
  • 15 mm x 14 mm キーピッチ
  • Kailh Mini Choc switch (PG1232) 採用
  • 3D プリンタ製キーキャップ
  • 3D プリンタ製ケース
  • 合皮製ボトムシートによる接地
  • ホットスワップ非対応
  • LED 無し

頒布しています → https://2-4kbd.booth.pm/items/2041699

15 x 14 mm 狭ピッチ

市販されている多くのメンブレンキーボードや Cherry MX 互換スイッチ採用キーボードは、キー同士の間隔(キーピッチ)が 19.05 x 19.05 mm に設定されています。 このスタンダードは海外で生まれたものなので、日本人の手にとってはやや大き過ぎたりします。

自作キーボードでは Kailh Choc switch (PG1350) を採用し、キーピッチを 横 18mm 縦 17mm にしているものもあります。 Choc は MX に比べてスイッチもキーキャップもバリエーションが少なく、打鍵感や外観のカスタマイズは多少なり諦めざるを得なくなりますが、 MX にはできない狭ピッチが実現できます。

私はこの 18 x 17 mm ピッチでも満足できなかったので、さらに小さいピッチのキーボードをつくりました。

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狭ピッチキーボード作成にあたり、具体的にどれくらいのピッチが使いやすいのか調べるためにピッチお試し基板をつくってみました。

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Kailh KH Mid-height switch (PG1280) のフットプリントを4つ合体させ、縦のピッチを 13 / 14 / 15 / 16 mm から選べるようにしました。 横のピッチは 16 mm で固定です。

打ってみたところ、以下のような感想になりました。

  • 横のピッチはもう少しだけ狭いとよい(自分の指の間隔と合わせたい)
  • 縦のピッチは狭ければ狭いほど楽
    • ただし、 13 mm と 14 mm ではあまり差がない

以上を踏まえて、横 15 mm 縦 14 mm で決定しました。 縦を 13 mm まで狭めてもよかったんですが、キーキャップがあまり長方形になってしまうとかわいくないなと思ったのでこの寸法にしました。

完全に自分の手のサイズ本意でピッチを決めたので、手が大きい方だとものすごく使いづらいと思います。 逆に Choc キーボードでも大きいと感じているような方は、 tsubute で良い体験が得られるのではないでしょうか。

このキーピッチとレイアウトを体験できる PDF シートをつくりました。 よければ印刷してみてください。

Kailh Mini Choc switch (PG1232) 採用

前述のキーピッチお試し基板では Kailh KH Mid-height switch を採用してしていましたが、これは入手性が良く安価なスイッチの中で最も寸法が小さかったからです。

以下に各種スイッチの寸法と入手性を書き出します。

スイッチ 寸法 (横 x 縦) (mm) 入手性
Cherry MX 互換 switch 15.6 x 15.6
Kailh Choc switch (PG1350) 15.0 x 15.0
Kailh KH Mid-height switch (PG1280) 13.0 x 13.0
Kailh Mini choc switch (PG1232) 14.5 x 13.5
Kailh Sun switch (PG1511B) 15.0 x 15.0
Kailh X switch (PG1425) 14.8 x 14.0
Novelkeys x Kailh The Big Switch Series 55.8 x 62.2

(入手性△・・・Aliexpressでのみ購入可)

これらのうち、15 x 14 mm ピッチが実現できるのは以下のスイッチです。

  • Kailh KH Mid-height switch (PG1280)
  • Kailh Mini choc switch (PG1232)
  • Kailh X switch (PG1425)

X switch は Kailh 純正のキーキャップの寸法が 16.5 mm 四方で、15 x 14 mm ピッチのためにはキーキャップを自作する必要があります。 しかし、スイッチに装着するためのツメが細くて小さく、3D プリントによる自作が難しいと判断し、不採用としました(細くても強度が得られる素材は高価)。 Mid-height switch と Mini Choc switch は、入手性の良さと薄さのどちらを取るかで悩みましたが、パームレストなしで使えることは大きな利点だと感じたので、薄さを取って Mini Choc switch を採用としました。

Kailh Mini Choc switch (PG1232)

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私はこのスイッチのバネを SPRiT Designs の Choc 用バネ 動作圧 25 g のものに換装しています。 Choc のバネと Mini Choc に元々入っていたバネは、径はほぼ同じで、長さは Choc が倍近く長いです。 一応問題なく使えています。 Choc のバネを Mini Choc に入れるとキーを押す前からバネが縮んでいる状態なので実際は 25 g より重く、体感としては底打ちの圧が Choc Red Pro (動作圧 35 g) と同じか少しだけ重いくらいになっています(ちゃんと量っていません)。

また、バネとステムに Krytox GPL 105 を塗っています。 潤滑のためというよりは、バネ鳴り防止の意味が強いです。

指の長さに合わせた変則格子配列

sekiei38 で採用した Treadstone 配列は、格子配列をベースに人差し指のキーを横ずれでホームポジションに近づけたものです。 担当キーの多い人差し指にやさしくして、各指の運指コストが平均化するようになっています。

tsubute のキーレイアウトもまた、格子配列を出発点としています。 row-stagger や格子配列では、長さのある中指と薬指は縮こまってしまいがちですが、中指・薬指の2列を縦にずらすことでこれを解消しています。

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一見、 tsubute 配列は指の長さに合っていない(他の多くの column-stagger キーボードのようなずれ方でない)ように思われるかもしれませんが、このずれ方は自分の打鍵方法と関係しています。

sekiei38 の記事でも触れましたが、私は一体型のキーボードに対して斜めに手を置いて打鍵しています。 なので、手の目線になると、キーボードは下図のようになります。

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よく見られる column-stagger キーボードは左のようなレイアウトになっていると思います。 そして右は手の目線になった(斜めから見た) tsubute 配列です。 この角度だと、ホームポジションの各指は一般的な column-stagger のように、中指が最も高く、小指が最も低くなっています。 青のラインを見ても、左と右で大きな乖離はないことが分かります。

tsubute 配列は正面から見るとおかしなずれ方をしていますが、腕を開いて斜めに手を置くと、一般的な column-stagger と同じように自然な指の曲がりで打鍵できる配列なのです。

また、赤の矢印ラインを見ると、 tsubute を打鍵するときの指先の動きは手に対して斜めになっています。 個人的に、手に対して指を斜めに動かす方が運指コストが低い(指の曲げが少なく済む)と思っていて、この配列にはそういった利点もあります。

3D プリンタ製キーキャップ・ケース

15 x 14 mm ピッチにぴったりはまる choc ステムのキーキャップなんて当然存在せず、必然的に自作する必要がありました。 (Mini Choc switch のキーキャップ嵌合部は Choc switch と同一です)

fusion360 でデータを作成し、DMM.make のナイロン(磨き)にて造形しました。

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プロファイルについて。

狭ピッチだと隣のキーを一緒に押してしまいがちになるだろうと容易に想像できたので、各キーの天面(キートップ部分)同士が離れるようにしてその対策をしたいと考えました。 しかし、キーの間に隙間が空くのはかわいくないので、高さをつけて間に谷ができるようにしました。 また、全体的に丸みを帯びたデザインにして自分好みのかわいい雰囲気にしました。

形状は Normal (Concave) / Convex / Homing の3種類を作成しました。 最下行には天面がふくらんだ Convex をつけて親指が痛くならないようにしています。

ケースについて。

せっかくキーキャップがナイロンのかわいい質感なので、ほかの部分も雰囲気を合わせたくなり、ケースも作成しました(キーキャップのためだけに 3D CAD を覚えるのがもったいないと思ったのもあります)。 キーキャップ以外の本体部分が外から見えないようにするためにハイプロファイルケースにして、キーキャップとは違って直線的はデザインにしました。 この形はキーキャップの丸くて柔らかい雰囲気を目立たたせるため、というのもあるのですが、一番の理由はボトムシートのためです。 キーボード底面に貼り付ける合皮のボトムシート(後述)は手作業で切り出すため、カットが直線だけで済むようにしました。

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ちなみにキーボード本体はトッププレートとボトムプレートをスペーサで固定するサンドウィッチ構成で、その上からケースを被せてネジで固定しています。 ケースはスイッチのマウントに一切関与していないかたちです。 ケースによって打鍵感や音が良くなっている感じはせず、何ならケースが無い方が音に雑味が無いような気さえします(泣)ケースを付けるとプラスチックっぽい高音の成分が増えてるような...。

sekiei38 から引き継いだ要素(38キー・面接地)

38キーは、 MOD キー( Shift や Ctrl など、長押しで機能するキー)をすべて単独で用意してもキーが足りなくならないギリギリの数です。 片手5列にして外形もコンパクトにしました。

面接地は、ゴム足などによる点での接地ではなく、キーボードの底面全体で接地するものです。 合皮での面接地には以下の利点があります。

  • 合皮特有の樹脂感で適度なグリップ力を生み、手で押して滑らせて楽に位置調整できる
  • 別途プレート等を用意することなく、そのままラップトップ PC に乗せて尊師スタイルができる

詳しくはぜひ sekiei38 の記事を。

おわりに

念願の狭ピッチキーボードを形にすることができて満足度が高いです。 tsubute は打鍵感やカスタマイズ性をかなぐり捨ててひたすら楽に打鍵できることを目指して設計しました。 完成して1ヶ月ほど使っていますが、文字入力にかかる労力が確実に減りました。 指を伸ばさなくても、指先の小さな動きだけで文字が打てるのがたのしいです。

見た目も自分好みにかわいくできました。 ケースによって電子工作的な部分を完全に隠していて、マスプロダクトっぽくなってるのも気に入っています。

sekiei38 を設計したときは前例のある要素だけを入れて安全に完成させましたが、 今回はいくつか変わったことをして変わったキーボードを生みました。 変わったことをしたので当然いくらか失敗して遠回りもしましたが、たのしかったです。 その中で得られた知見によってこの記事はできています。 そして、次のキーボードにも...。

現在、tsubute と同じピッチで分離型のキーボードを設計しています。

一体型を使っていて、キーボード割って間に紙の資料が置きたい、と思う場面も少なくなかったので、つくってみることにしました。

  • キーピッチ・スイッチ・キーキャップは tsubute と共通
  • PCB積層
  • column-stagger
  • テンティング機構付き

といった感じになると思います。 まだかかりそうですが、完成が楽しみです。

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以下ポエム

暇人 物数奇 お時間のある方はお付き合いください。

tsubute のきっかけは天キー3でむらさきさんという方が展示されていた縦 14 mm ピッチキーボードでした。

慣れ親しんだ格子配列で、且つキーの間に隙間が設けてあります。 初めて触るのにとても打ちやすかったです。

このキーボードを見る前から、これ以上楽に打鍵するには Choc より狭ピッチするしかないよな...とは考えていたのですが、どう実現するかを具体的に考え始めたのはこれがきっかけでした。 これ以外にもいろんなキーボードを見ていて、 3D プリントが身近なものに感じられた、というのもあります。

天キー3にはくまお工房さんの Pico Keyboard もあったようなのですが、見逃してしまいました。 こちらは 16.4 mm ピッチで equal-stagger ですね。 自分はシンメトリな配列が好みなのですが、ノーマルな row-stagger やそれに近い配列の狭ピッチも確実に需要があると思うので、刺さる人には刺さるキーボードだと思いました。 写真も撮れていないのでboothページのリンクを👇

狭ピッチお試し基板のキーキャップは Pico Keyboard 用のミニキーキャップを利用させていただきました。 このときはまだ fusion360 に入門する前でしたので大変ありがたかったです。

天キーで刺激を受けてできた最初の tsubute がこれです。

物理配列や構成はこの時点でほぼ固まりましたが、 3D CAD 覚えたてで作ったキーキャップとケースはまだまだ改善の余地がある出来でした。 見た目のかわいさはナイロンの質感とサイズ感に助けられている感じがしますね。 この試作は実はトップマウントケースになっているのですが、特に打鍵感が良かったりはしませんでした。プレートが小さすぎるのか、重量が足りないのか、 Mini Choc switch のポテンシャルが低いのか...。

3D といえば、Lime40 などの 3D キーボードも、やり方が違うだけで「キー同士の距離を小さくする」という点は狭ピッチと同じなんですよね。 MX のオシャレなキーキャップが使えることは狭ピッチには無い強みです。 対して狭ピッチは普通のキーボードからの移行コストが比較的低いことが強みですかね。

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名付けの話。

sekiei38 はその設計のきっかけとなったキーボード Treadstone48 をリスペクトして、石に関連する語でネーミングしました。 白がイメージカラーなことと、 Treadstone 配列が六角柱っぽく見えたので、「石英」です。 今回もそれに倣って石関連で考え、「小さな石」という意味の「礫」を名前に使いました。

設計中の sazare も、「小さな石」という意味の「さざれ石(細石)」から名前をもらっています。 意味は同じですが、宝石や天然石におけるさざれ石は碁石くらいのサイズのことを言います。 礫がおにぎりくらいのサイズ感なのに対して、 sazare はそれよりも小さな石、というニュアンスを持たせています。分離型なので。

あと数字について。 sekiei38 を設計したときは、キーマップを練りに練って生まれたミニマムな38キーという数字に特別な意味を感じていました。 それで名前にも38を入れたのですが、完成してから半年以上経って、38キーしかないことはもう当たり前のことになってしまいました。 tsubute も38キーですが、そんな理由で名前に数字を入れるのをやめました。

最後に。

tsubute が完成して、一体型キーボードとしては一旦エンドゲームな感じがします。 Mini Choc の打鍵感など、不満がないわけではないですが。

今後は狭ピッチのいろんなキーボードを、つくるかも、つくらないかも。 今のところ sazare 以外はあまり構想がないです。 でもなにかはつくりたいです。たのしいので。


この記事は tsubute で書きました